ミャンマーの安寧を願って(2)

こんにちは。アセアン進出支援協会の阿部です。

 

前回はミャンマーの軍事政権の歴史について簡単に書きました(http://aseanasa.com/2021/04/02/2431/)。

 

経済制裁により孤立を深めたミャンマーが変わり始めたテイン・セイン政権の時代から、2015年の選挙による選挙を経て、民主化が進むかと思われたミャンマーで、なぜ歯車が狂ってしまったのか?大きな鍵を握っているのは、軍の総司令官ミン・アウン・フライン氏にあることは疑いようがありません。

2月4日の日本経済新聞に、同氏の背景を掲載している記事が詳しく書かれています(一部有料会員制です)

 

記事によれば、ミン氏は2011年のテイン・セイン政権の時代に軍のトップになったことが記されており、この時、国内のいくつかの武力勢力との停戦協定の立役者であることを、記事は伝えています。また「原理原則を重んじる頑固な性格」とする人物評を記事は伝えていますが、軍人としてのアイデンティティーが、今回のクーデターにどこかで影響しているのだとしたら、やるせない気持ちを抱かずにはいられません。

 

 

▼民主化を阻んだ軍の存在

ミャンマー発展の礎を築いたとして高い評価を得ているテイン・セイン政権ですが、この時ですら「軍人が軍服を脱いだだけ」と揶揄されtていました。なぜなら、①当人が軍出身者であること、②憲法には軍が政治の指導的役割を果たすことが記載されていること、そして③議席数のうちの25%(4分の1)は軍人議員に割り当てられていることなどが、背景にあったからです。

 

ミャンマーの民主化を難しくしていたことの一つが、上記最後にあげた軍人枠。2020年11月の選挙では、軍の流れを汲む政党(USDP)が想定以上に議席数を延ばせず結果として惨敗し、確保していた議席数を後退させたことに焦りを募らせた、とする見方が多くを占めています。

 

しかし、背景はこのことだけにとどまりません。2017年にスーチー氏の対応が批判を浴びた、イスラム系少数民族「ロヒンギャ族」の迫害問題も、スーチー氏と軍との溝を深める要因になったことを記事は伝えています。

 

▼私見「ミャンマーの混乱が長引いている決定的要因」

ミャンマーの悲劇にはもう一つ特徴があります。それは、絶対的権力者あるいは象徴となる存在がミャンマーにいないこと。

 

隣国タイも、政治が混乱すると軍がクーデターを起こし政権を一時掌握した後は、一定の時を経て国家の権限を民間へ移譲するということが繰り返されている国です。

 

今のタイ政権も2014年に起きたクーデターによる軍事政権の流れを汲んでいますが、しかしタイには国王という絶対的存在があり、民衆の信頼厚い国王が最終的には軍の行動の正当性を認め、民衆の留飲を下げるという行為が執り行われることで、ミャンマーのように混乱を極めるという事態にまでは至らずに済んできました。ミャンマーにはこうした絶対的存在がいなかったことが、より混乱を深めてしまっているのだと認識しています。

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